ITリテラシーという言葉をご存知ですか。リテラシーは読み書き能力のことで、ITリテラシーとは情報技術を使いこなす能力ということです。
一般的には、パソコンの使い方を覚えていくことが「ITリテラシーの向上」といわれます。しかし、はたしてそうでしょうか。確かにパソコンをより上手に使いこなすことは重要です。電卓と紙と鉛筆でやっていた表が、表計算ソフトを使えば、効率よくミスなくやれるのは、業務の効率化に大変貢献します。また、私のように字が汚いと、発注者に出す書類を書くのに普通の人の何倍もかかりますが、ワープロなら見栄えよく作成できますから、ありがたいことです。
しかし、それだけではだめなのです。
たとえば、CADを使えるようテキストを読んで勉強したとします。結果、CADですばらしい図面はかけるようになりました。でも、出てくる図面の縮尺が123分の1というのような中途半端なものでも「紙いっぱいに印刷しようとしたらこの縮尺になりました」といわれたらどうでしょう。 現場の方ならおわかりでしょうが、三角スケールは通常、10,20,30,40,50,60か10,20,25,30,50,60です。CAD製図基準でいけば、10,20,50を優先に15,25,30,40,60を次点として縮尺を設定するようになっています。しかし、明確な指示がなければ123分の1にする人はいます。残念ながら、推奨すべき縮尺まできちんと説明しているCAD講習会は少ないように感じます。
構造計算でも同じことです。技術計算ソフトを正しく使いこなせても、小さいよう壁にD51を使うことはありません。また、D25の鉄筋を50mmピッチにならべても、間にコンクリートを流し込むことはできないでしょう。たとえ、計算ではOKだとしてもです。しかし、ソフトの使い方しか知らないために、こんな計算書を作成する人があとを絶ちません。
ITリテラシーは、パソコンの使い方、ソフトの使い方だけでなく、それを使うために必要な業務知識もいっしょに覚えてくものです。パソコンの使い方に比べて、業務知識のほうが幅広く、内容も難しい場合も多いですが、講習会では基本的な話だけにとどめ(参考書をすすめてもよい)、実業務の中で教えていく(すなわちOJT)のが一番確実で効率がよいと思います。
そこで問題になるのが、教える側のITリテラシーと最近の職場環境です。昔は、技術計算も現場の測量も基本的に上位の人がうまく、その人から教えてもらったり、横で見て真似しながら覚えていったりして技術が伝承されました。また、比較的年齢層も近い世代で工事を行っていた(現在ほど機械化・分業化されていない分、人手が多かった)ため、聞くのも話すのも容易だったのです。
しかし、今は、パソコンの使い方に関しては若手ほど得手であり、むしろ上の者が逆にOJT(下のものからメールを送られて、しかたなく上のものがメールを勉強するなど)されなくてはいけなかったり、分業化によって社員の数が減り、同じ現場には10?20歳離れた社員しかいない、その結果聞くのも話すのも難しい状態になっています。
上記問題を解決するには、二つのことが必要です。
まず第1に、管理職からITリテラシー教育を施すことです。よく、「若手の
ほうが覚えるのが早いから」とか、「どうせ下のものにやらせるから自分たちには必要ない」とおっしゃる管理職のかたがいます。しかし、たとえ操作スピードが遅かったとしても、どのような操作でどんなことができるか、また、(部下が使い方を間違えないために)必要となる業務知識は何であるかを教えるなどは、絶対に必要です。
「もしあなた(管理職)がCADに関する基礎知識をもっていれば、紙の図面ではなくCADデータをもらうことができれば、現場の作業効率があがるとわかるはずです。紙の図面をもらっていると、部下は一からCADデータをつくらなくてはいけないので、残業は減りません」CAD講習会で、私がこのように説明すると、最初は疑心暗鬼だった人も講習終了後には納得し、すぐ発注者に電話をかける人もいました。管理職が自ら作業をする必要はませんが、IT(パソコン)を用いた業務手順が描けないのでは管理職として問題があるといえるでしょう。
第二に、継続的な教育支援体制の確立です。今後ますます現場でのOJTは難しくなるでしょうから、社員のITリテラシーレベルをアンケートやテストで定期的に把握し、不備な部分を集合教育やヘルプデスク(支援担当者がフォローする)で補う仕組みを作ります。会社規模が小さい場合は、社内ですべてをまかなうことは難しいでしょうが、外部の教育機関やサポートサービスを上手に組み合わせるようにします。大切なのは、継続的にステップアップする計画の立案とチェックなのです。そうして会社全体の底上げを図ることが重要です。
パソコンを含めたITシステムを高い買い物だと思うか、お得な買い物だったと思うかはこのITリテラシーの向上にかかっているといっても過言ではありません。残念ながら、システムのサポートと同じぐらい、ITリテラシー教育は軽視されているよう気がします。今一度、自社の状態を見直してみてください。